四十で惑わず、五十にして天命を知る

~海外在住 中小企業診断士&FP1級技能士MASAのブログ~

失敗の経験~印象深い出来事⑤~反省会

第156稿です。

前回は新製品開発企画の話をしました。

qye04202.hatenablog.com

さて、曲がりなりにもその新製品開発を前に進めることができました。

きちんと性能を満たせば、ある大手メーカーさんが発売を予定していた新商品に搭載される基幹部品として採用される予定でした。

その大手メーカーさんが最終需要家で、生産は東アジアの協力会社で行うスキームでした。

まずは最終需要家の評価をクリアし、その上で、生産委託先での量産チェックを経る必要がありました。

最終需要家の評価は最初の関門だったのです。

技術部が試作品を何度か作り、その大手メーカーに納品し、いろんな評価をしてもらっていました。

当時ある商社を経由して商談を進めていたので、その商社の担当者と幾度となく通ったように思います。

結論から言うと、最終需要家の求める性能が出せず、最初の関門をクリアできず、残念ながら採用には至りませんでした

そのことを知ったとき、心底残念な思いでした。

と同時に、とても変な話なのですが、自分が心から残念と思ったことに嬉しく感じる気持ちも湧き上がってきました。

人から言われて新製品開発企画書を起こしたものの、自分ごととして捉えられず、決裁者から商品について何も答えられなかった自分が、残念に思うくらい思い入れを持つようになっていたんだな、と再発見したからです。

その思い入れがあったからか、この失敗の知見は残さないといけない、と感じました。

社内の各部を巻き込んで開発、試作を進めたものだったので、「失注反省会」を社内で開催することにしました。

すぐに生産管理、製造、資材、開発、など多くの部署の責任者の皆さんに会議室に集まってもらい、なぜ失注したのか振り返り始めました。

その中である部署の責任者に言われたこと。

「反省、反省と言うが、何を反省するのか。我々は言われた通りに準備をしてそれをこなしてきた。反省せよと言われても困る」

おそらく理屈で言えばその通りです。でもたぶんこういうことを言われてしまうのは、社内一丸になって取り組むための各部との信頼関係を構築できていなかったな、といたく反省しました。

また、「この反省内容はのちに僕のほうで纏めておこうと思います」と出席者に約束したのですが、結局自分の中でうまく纏めることができず、世に出ずじまいでした。

時が経ちみんなそんな約束したことも忘れていただろう頃(自分自身も忘れていました)に、あるとき別の部署の責任者に言われました。

「君、あのとき反省内容を纏めると言ったよな、それまだいまだに出ていないよな」

結局自分でコミットしたことも成しえなかったのです。

おそらくその人からするとあいつは信用できない、という評価になったことだろうと思います。

このことはその後の自分の重しとなっています。

有言実行、言った以上はきちんと最後まで責任をとってやる、この一件以降、ずっと心がけようと思っていることの一つです。

f:id:QYE04202:20210117071228j:plain

Photo by Free Creative Stuff on Pexels.com

参考になったら投票いただけると助かります。

読者の皆さんの反応を今後提供する記事の参考にしたいと思います。

失敗の経験~印象深い出来事④~新製品企画

第155稿です。

前回は学生時代のアルバイトでの失敗をお話ししました。

qye04202.hatenablog.com

今回は会社での話です。

新製品を出すことになったときのことです。

当時私は営業部門にいました。

新製品を出すときには、新製品開発会議という打合せを実施する必要がありました。

すでに開発部の方針で開発の方向性は決まっていたのですが、製品化のためには生産管理部、製造部、資材部など社内各部署にも動いてもらう必要がありました。

この製品に取り組むことを社内周知し、各部に取ってもらうアクションを明確化するためにも、この会議を開催する必要があったのです。

そしてそれに先だって新製品開発企画書という書類を準備しておく必要がありました。

これは、新製品の概要を記した書式で、会社の上層部の決裁を取る必要がありました。

当時この製品群の営業担当だった私は、開発部の責任者から、「試作品を顧客に提供するからすぐに新製品企画会議を開催してくれ」と言われていました。新製品企画会議の主催者は営業部門だったのです。

急場しのぎで販売想定価格、市場価格、仕様情報などを書式に埋めて決裁者の印を貰いに行きました。

開発責任者は常日頃から決裁者と打合せを持っているのを遠目から見ていましたので、内容がどういうものであれ、難なく決裁されるものだと思っていましたし、そもそもこの書類は新製品企画会議を実施するのに形式的に必要なものなのだろう、という程度の認識しか持っていませんでした。

決裁者の部屋に行ったときの会話。

決裁者「(作成した新製品企画書を見ながら)これは市場性あるの?当社にどういうメリットがあるの?」

自分「・・・」

決裁者「採算ラインは?」

自分「・・・」

企業の経営者なら当然聞くであろう質問に全く何一つ答えられませんでした

気を取り直してようやく絞り出した言葉が、

「それでも製品企画会議を〇月×日に予定していまして、その際にこの書類が必要となるんです。」

決裁者には渋い顔をされてこう一喝されました。

「君なあ、企画書ちゅうもんは会議やるためにあるとは違うんやで。」

当たり前のことです。

いまから考えたら何でこんなことを言ったのかわかりません。

たぶん頭の中が空っぽでその製品のことなんて考えていなかったのだと思います。

まったく頓珍漢(とんちんかん)なことを言っていたと我ながら思います。

結局人から言われるがままの仕事をしておらず、この新製品に思い入れも、また自分なりのビジョンも持てていなかったし持とうともしていなかったのが原因でした。

そんな仕事をしているようでは自分がその場に存在している意味がありません。

決裁者にはすでに話は通っていたみたいで企画書には印鑑は貰えましたが、きっと、「こいつ使えないな」、という印象を与えたことでしょう。

今から考えても顔から火が出るくらい恥ずかしい場面でした。

それからというもの、できるだけ自分なりのシナリオを考えた上でアウトプットを心掛けるようにしています。

f:id:QYE04202:20210115060012j:plain

Photo by Pok Rie on Pexels.com

参考になったら投票いただけると助かります。

読者の皆さんの反応を今後提供する記事の参考にしたいと思います。

失敗の経験~印象深い出来事③~アルバイトで

第154稿です。

前回は社会人1年目のときの印象深い出来事をお話ししました。

qye04202.hatenablog.com

ちょっと時間を遡って学生時代。

いまも時折思い出しては後悔をしている出来事があります。

以前に学生時代に飲食店でアルバイトをしていた話をしました。

qye04202.hatenablog.com

最初のうちは、周囲が知らない人ばかりだったり、自分とは生き方も興味の世界も異なる人たちの世界だったので、全く馴染めませんでした。

マスターやほかのアルバイトの人と会話をするネタも思いつかず、いつも押し黙ってときどき愛想笑いを浮かべるのが関の山でした。

ところが2年、3年と経過するにつれて店の中の様子もわかってくるし新しい人も入ってくるし、でだんだん自分が古株になっていき、だんだん自分もそれなりに発言ができるようになってきました。

アルバイトはシフト制で、朝の部が11時から17時まで、夜の部が17時から23時まで、となっていました。

夜シフトが終わった後は、マスターを囲んでアルバイトの人たちで食事をして帰るというのが流れでした。

通常は昼だけ、とか夜だけ、とかのシフトで入るのですが、大学での研究の都合がついた平日や、休日などは昼と夜のシフトに入ったりすることもあり、これを「通し」と呼んでいました。

ある日、「通し」でシフトに入って働いた日の食事の席で。

歓談をしている途中に、

「あ~今日も『通し』だった。今日も一日無駄な時間を過ごしてしまった。」

と口走ってしまったのです。

その瞬間は特に自分の中で「口走ってしまった」という感覚もなかったし、罪悪感も何もありませんでした。

誰からも反応はありませんでした。

考えてみれば(考えなくても)当たり前です。

しかも「通し」でシフトに入るたびにその発言を繰り返していたのです。

そばにいるマスターは毎日11時から23時まで「通し」で働いていました。還暦を超えたいまでもやっていると思います。

そこで働くフリーターの人も、アルバイトの人も、「通し」で働く人は何人もいました。

そういう人のことも考えないで、「通し」で働いたら時間を無駄にする、などと発言をするとは。

慣れてきて、それなりに自分の立ち位置も確保しつつあって、何となく自分も少し成長したな、なんて思い違いをした挙句の発言でした。ようやく何でも言えるようになった、と勘違いしていたのです。

それがとんでもない発言だと自分で認識するまでにはしばらく時間がかかりました。

居場所がなかった自分が、居場所を確保しはじめた矢先の、慢心が生んだ傲慢の産物だったといまでも深く反省しています。

思い出すたびに穴があったら入りたいくらい恥ずかしい思いです。

どんな状況、立場でも常に謙虚でなくてはいけないな、と思います。

f:id:QYE04202:20210112061929j:plain

Photo by Igor Starkov on Pexels.com

(写真はイメージです)

参考になったら投票いただけると助かります。

読者の皆さんの反応を今後提供する記事の参考にしたいと思います。

失敗の経験~印象深い出来事②~新人のとき

第153稿です。

前回は新卒で入った会社での配属のときの話をしました。

qye04202.hatenablog.com

その続きです。

同じ部署に配属となったのは自分も含めて5人いました。

前稿で触れたように、チーム配属時の挨拶はなんだか奇妙な感じになってしまったので、気を取り直して、所属部の部長に挨拶に行くことにしました

ほかの4人は高専卒、大卒、私は大学院卒で、新入社員の中では最年長でしたので、何となく自分から声を掛けなければいけない気がして、ほかの4人に声を掛けたのを憶えています。

部長のところに5人揃って行きました。

大きなフロアのいちばん端の雛壇席で、そこだけ何だか特別なオーラが出ているような感じがしました。

5人全員で部長の前に整列して、

「本日配属になりました新入社員です、宜しくお願いします」

と挨拶をしました。

私がこのフレーズを言ったように記憶しています。

そうすると部長がギロッと睨んで

「何だ君らは!席に戻れ!」

と追い返されました。

何が起きたのか、何が逆鱗に触れたのか全くわからず、ただひたすら衝撃を受けて席に戻ったのを鮮明に憶えています。

何日か後に、部長と新入社員との交流会がありました。

怖い部長との懇親会の席ということで我々新入社員は全員怯え切っていましたが・・・

その席で部長から、先日の配属時の挨拶した一件について、おおよそ以下のようなコメントがありました。

・地位の高い人と話をするときにはそれなりの筋を通すべき

・新入社員の分際で直々に部長と話をするとは何事か

・話をするのであれば秘書や課長経由でアポイントを取れ

いきなりアポなしで新入社員が直々に話に来たから怒った、という主旨のようでした。

そのあと部内総務をやっていた課長は部長から「教育がなっていない」と叱られたようです。

もともと私は剣道をやっていて(過去記事ご参照下さい)、上下関係が厳格な世界にもいたので、当時は、そんなものかな、と部長の言っていることはわかるような気がしていました。

ところがその後、経験を経ていく中でいろんな事例を見るにつけ、こんな例はむしろ稀ということがわかりました。

実は多くはもう少しフラットな関係、対等ではないにしても部長が新人と直々に話してはいけない、ということは一般的でもない、ということを知ったのはずいぶんあとのことでした。

この一件があってからというもの、自分よりもポジションが2階層以上の人とは直に話をしてはいけないものだと思い続けていて、ずっとその呪縛にとらわれていました

最初が肝心とはよく言いますが、新人の時期のこの経験は長い間、自分の心のありようを支配していました。

その意味でかなり影響が大きかった一件でした。

f:id:QYE04202:20210109075221j:plain

Photo by Silvia Heider on Pexels.com

参考になったら投票いただけると助かります。

読者の皆さんの反応を今後提供する記事の参考にしたいと思います。

失敗の経験~印象深い出来事➀

第152稿です。

前稿までは、中小企業診断士試験に年月をかけて受かるまでの話と、その後の活動について少しだけ触れました。

qye04202.hatenablog.com

中小企業診断士活動のほうはまだ現在進行形なので、後日触れていきたいと思っています。

このブログのテーマは、いろんな苦い経験を将来に活かす、というものでした。

新年を機に、過去の経験で印象深かったことを振り返り、そこからの教訓を考察してみたいと思います。

新卒で入社した会社でのことです。

新人研修を終え、5月に配属が発表になり、6月に部署に配属になりました。

部署には自分も含めて4名の新入社員が配属されました。

各人の配属チームも決まり、座席につきました。

座席は、日本企業によくある島型配置で、窓際に管理職、その他の人が島を作って座る、という形態でした。

席についたものの、新入社員でやることもないし、まずは周囲の人に挨拶をしなくてはいけない、と思いました。

そこでおもむろに立ち上がり、その島の窓際にいる管理職の方に挨拶をしました。

「今日配属されました○○です。どうぞよろしくお願いします」

それに対しては、当然「うん、じゃあ頑張ってな」というような反応が返ってくるとばかり思っていました。

ところがその管理職の方は驚愕の表情を浮かべて唖然としていたのです。

逆にこっちのほうがびっくりしました。

あとでわかったことですが、その管理職の方は、私のチームとは全く異なる仕事を担当していたようです。

たまたま私のチームの窓際にいただけで、業務上はほとんど繋がりがなかったようです。

何で他チームに配属された新入社員が俺のところに最初に挨拶に来るんだろう、と思って驚いた、ということだったようです。

私の中では周囲の人には挨拶をするのが当然、という思っていたのですが、そうではなかったようです。

当時の自分はつい最近まで学生をやっていた何も知らない若者。そしてその会社のことも、配属された部署のことも全く知らず、そこでの不文律や社会人としてのルールも知らない。おそらく自分で考えて最善と思ってやったことが、必ずしも受け入れられるわけではない典型的な例だったと振り返ってみて思います。

自分勝手な判断をしないでよく知った人のアドバイスを求めることが必要、ということでしょうか。

でもそのときはそういう教訓を気づけなかったですね。のちにも同じような失敗は幾度となく繰り返していますから。

次回はその職場での同じ日の失敗談をしたいと思います。

f:id:QYE04202:20210106055852j:plain

Photo by Julia Volk on Pexels.com

参考になったら投票いただけると助かります。

読者の皆さんの反応を今後提供する記事の参考にしたいと思います。

中小企業診断士~遠隔地から何ができるか②

第151稿です。

年末に「遠隔地から何ができるか➀」としてオンラインでできるようになったと感じることを並べてみました。

qye04202.hatenablog.com

でもオンラインではできるかどうかわからないと思うこともいくつかあります。

たとえば・・・

➀関係性の維持

いままでリアルで培ってきた関係性がオンラインで維持し続けられるのかはまだわかりません。

現時点で業務以外に自分が参加しているイベント、打合せはほぼ100%オンラインです。他の参加者も等しくオンラインなので、互いに差異はなく、オンライン上で頻繁に顔を合わせることであまりコミュニケーションに断絶を感じることはありません。但し、もしリアル参加との比較をすれば、距離感の違いから、リアルと同じような関係性の維持ができるのか未知数です。(なんとなくできるような気もしますが)  

②ニュアンスの伝達

 ZOOM画面をスクリーンに投影していると、つい自分が話しかけたい人の画像に目線が行ってしまいます。

 目線はカメラを向いていないので、話者同士が互いに視線を合わせることはまずないのではないかと思います。  その結果、微妙なニュアンスや言葉の裏の想いは感じ取りにくくなっているかもしれないと思います。相手の気持ちなどを視線やしぐさで読み取るということも難しくなっているかもしれません。

 オンラインで参加するたびに、いままでのリアルコミュニケーションと比較しているから思うことであって、これからオンラインしか経験したことがない人が出てくれば、何の違和感もない世界なのかもしれません。

いまの自分の課題は、日本中心のコミュニケーションからの脱却です。

中小企業診断士が日本の資格であることもあって、これまでのオンライン接続は自分のいる場所と日本とをつなぐコミュニケーションがほぼ100%となっています。(そしてZOOMでのオンライン会議は中小企業診断士関連が圧倒的に多いです)

ときには接続先が他の諸国であることもありますが、接続して同席するのは常に駐在員など、日本の国籍をもった皆さんです。オンラインに場所を移して日本のコミュニティを作っていることになります。

 オンラインで世界中と繋がれるはずなので、実際に行動してみることで新しい世界が拓けるかもしれないとも思います。

 こういうところからStep out beyond my comfortable zone(自分の快適ゾーンからの脱却)を実践しなければ、と思います。

f:id:QYE04202:20210103075704j:plain

Photo by Sebastian Voortman on Pexels.com

参考になったら投票いただけると助かります。

読者の皆さんの反応を今後提供する記事の参考にしたいと思います。

2021年スタートにあたって

第150稿です。

新年あけましておめでとうございます。

2021年元日、今年の個人的な目標について触れたいと思います。

今年のテーマもBeyond my comfortable zone(快適なゾーンからの脱却)としたいと思います。

これは、現地の新聞で2年くらい前に出ていたインタビュー記事の中で現地の女優が語っていた言葉です。

自分に必要な意識だと思って手帳に書き留めていたものです。

年を重ねるとともに自分のできること、得意なことに流れようとしてしまいがちなのですが、そのことで自分の可能性を縮めているのではないか、それでは変化している社会から取り残されるのではないか、と思うからです。

実際には能力の限界もあるし限られた時間の中で成果を出したいとも思うので限界はありますが、少なくとも意識の中では常に新しいことに取り組む柔軟性は持っていたいと思っています。

新年の抱負とはいえ、考えていることの源流は一緒なのですが、目標を明示して努力していきたいと思っています。

① 仕事面

(今年の目標)指名で仕事を請け負えるようにしたい

(説明)会社員ということもあり、自分のいるポジション、部署、グループなど自分の個性以外の要素で仕事をすることが多いと感じています。

あなただから頼みたい、と仕事を依頼されるようになることを目指したい、と思います。

そのための方法論はいろいろあると思いますが、都度それに向けて何をすべきなのか、常に考え続けていたいと思います。

② 資格教養面

(今年の目標)中小企業診断士としての活動の拡大

(説明)会社員としての本業がありますので、それ以外の時間を有効に活用して、中小企業診断士として社会に役立つことをしたいと思っています。これはまだ模索中なので、引き続き案件があるたびに手を挙げて取り組んでいきたいと思います。

(今年の目標)FP知識の維持向上

(説明)昨年も同じ目標を持っていたのですが殆ど実施できませんでした。これは時間の使い方と目標設定に問題がありました。

FP技能士合格時にきんざいという団体の主催しているFP技能士センターに登録しているので、そこで実施される2ヶ月に1度のWeb上の確認テストというものは最低限取り組んでいきたいと思っています。

③ 趣味娯楽面

(目標)読書50冊/年

(説明)昨年は27冊どまりでした。目標冊数を下げようかなとも思ったのですがそうすると気持ちが緩みそうなので、この目標は置いておきたいと思っています。

(目標)ゴルフ100切り

(説明)実はこれがいちばん難しいのではないかと思っています。考えるゴルフをやりたいなと思っています。

(目標)新しいことを始める

(説明)先日クリスマスパーティーで会ったインド人にダンスが面白い、と聞きました。全くそんなものを考えたことなかったのですが、今年始めてみようかなと思っています。

④ 人脈面

(目標)友達1000人、一期一会

(説明)象徴的に1000人としているもので、数自体を追いかけるものではなく目安に過ぎないですが、多くの人にお会い(たぶんほとんどがオンラインだとは思いますが)し、その方を知るとともに自分のことも知ってもらえるよう努めたいと思います。

 その上で、一期一会、繋がった人々との継続的な関係作りをテーマにしたいと思っています。

⑤ 家族面

 これは自分の中で持っておきたいと思います。

いくつになっても成長し続けていたいものです。

f:id:QYE04202:20210101072840j:plain

Photo by Oleg Zaicev on Pexels.com

参考になったら投票いただけると助かります。

読者の皆さんの反応を今後提供する記事の参考にしたいと思います。

PVアクセスランキング にほんブログ村